理学療法診断学とは


理学療法診断学は,患者の病理学的異常,つまり疾病の原因を診断する医学的診断とは異なり,運動機能障害を診断する運動機能障害診断学と,理学療法の適用を判断する理学療法診断学から成り立ちます.前者は,疾病や生活習慣等の要因によって生じた運動機能障害の有無や程度を同定し,その関連因子や予後を可視化していく学問です.したがって機能障害の定義や基準値を提示すること,そして理学療法士が有する運動機能障害に関する暗黙知の数量化が重要だと考えます.後者は,理学療法の効果予測と予測因子を示すものであり,端的にいえば理学療法の必要性の判断に有用です.

 

理学療法士が扱う運動機能障害には様々なものがあり,その一例として図1のようなカテゴリーが考えられます.しかしこれらの運動機能障害の多くは,臨床家の経験によって障害あり/なしの判断が行われている状況です.この理由は,運動機能の基準値(たとえば高齢者の歩行速度や,健常な肩甲骨の運動範囲)が明らかになっていないからです.

 

たとえば血液学的検査では,血液中の白血球数やコレステロール値などを算出し基準範囲と比較することによって白血病や高脂血症のリスクを予測し,治療開始の必要性が判断されます.骨疾患に対する画像検査では,骨密度や関節裂隙の狭小化の程度によって,骨粗しょう症や関節症のリスク判断と治療の適否が決断されます.これらは医師にとっても患者にとっても非常に明快な情報源であり,見た目や直感のみで高脂血症や骨粗しょう症と診断されることはあり得ません.このプロセスがあるがゆえに,診断に対する対価が支払われます.

 

身体機能や運動機能についても医学的診断と同様に,健常人の基準範囲や障がい者の標準範囲との比較をベースにしたうえで,理学療法士の経験による判断が行われる必要があると思います.それによって,社会への説明責任を果たすことができると思います.

 

同時に,運動機能障害はリハビリテーション医や作業療法士が取り扱う障害でもあり,理学療法士の独占業務とはなりえません.そこで狭義の理学療法診断学が必要となります

 

理学療法の適用判断は,上述したように理学療法の効果を予測することによってその必要性を判断すること,そしてその際の介入ポイントを明確にするための根拠を提示する学問です.根拠を構築・提示するためには臨床疫学的知識が不可欠です.それと同時に理学療法士として臨床推論を行ってきた経験や,運動学・生理学・解剖学・心理学をはじめとする基礎科学,病理学・整形外科学等の医学的基礎知識が必要不可欠です.したがって,臨床推論に基づく理学療法を実際に行い,かつその背骨としての学問的バックグラウンドを有する理学療法士の独占業務となりうる分野だと考えます.

図1. 運動機能障害のカテゴリー
図1. 運動機能障害のカテゴリー