診断とは?

診断とは,患者の「異常な状態」を把握し,介入に有用な情報を得るためのプロセスであり,このプロセスをひとつの体系にまとめたものが「診断学」であるとされます.

 

医師が行う診断には,病因論的立場や解剖学的立場,あるいは病理学的立場などがあります.診断名を付けるということは,疾病を上述の様々な立場から同定することで,後の治療方針の決定に役立てることです.また診断過程には大きく分けて2種類あるとされ,一つ目は疾病が発生した背景にある原因を,生理学的・病理学的に考察することによって診断する病態生理学的診断方法であり,二つ目は,疾病の有病率と種々の検査結果から,定量的に診断を行う臨床疫学的診断方法で,Evidence based Diagnosisとも呼ばれます.


理学療法士は診断できる?

医学的診断はできません.

 

医師法の17条には「医師でなければ,医業をしてはならない」と明記されています.平成元年に公開された厚生省研究班による報告によると,医業の定義は医行為を業として行うこととされ,医行為とは医師による医学的判断及び技術が必要な行為であるとされています。医行為には,絶対的医行為と相対的医行為があり,前者は常に医師が行わなければいけないほど高度に危険な行為を指し,診断は絶対的医行為に含まれます。当然のことながら,医学的診断,つまり上述した病理学的,解剖学的,病因論的見地にたって疾病を同定する行為は医師に限られるべきであり,もし仮にそれがどの職種にも認められるようであれば,免許制度やそれを保障する養成カリキュラムなど全てが否定され,この国の医療制度をなし崩しにしてしまいます。

 

理学療法診断とは,様々な要因によって生じた“運動機能における障害”を同定し(運動機能障害診断),その関連因子や予後を判断して適切な介入法を選択する(理学療法適用診断)プロセスです。上で述べた厚生省研究班の報告書によると,理学療法は相対的医行為に位置づけられ,医師の指示のもとに権限が移譲可能な,危険度の低い(危険が無いわけではない)医行為とされています。医師の指示のもとに実施される理学療法には評価・検査も含まれており,その理学療法評価を可視化して根拠を蓄積し,臨床疫学的に運動機能障害の有無や理学療法の必要性・効果を診断していくこと自体は,理学療法の透明性を増しこそすれ,危険度をあげることはありません。

 

したがって,運動機能の基準値や機能障害の標準値を体系的に網羅し,適切な理学療法を選択するためのガイドラインを用意することで,各々の理学療法士が適切に判断を行うのであれば,その行為は理学療法診断と呼ぶに相応しいでしょう.当然のことながら,診断という言葉の持つ意味は重く,根拠が不足している現時点で,無責任に診断という用語を用いることは慎まなければいけません。したがって,その言葉に資する行為を保証する仕組みをまず作り,診療行為に責任を持たせていくことで,理学療法診断は自ずと認知されると考えています。

 

*看護師の行う業務も医行為のひとつであり,医師の指示のもとに行われています。そして看護協会では既に去る1991年に日本看護診断研究会を発足させ,1995年には第一回日本看護診断学会を開催しています。また学術誌「看護診断」も刊行され,看護診断に関する書籍は国内だけでも多くを数えています。看護診断の定義は,‘実際にある,または起こる危険性のある健康問題やライフプロセスに対する個人や,家族,地域の反応についての臨床判断である’ とされており,簡潔にいえば疾病等に対する本人・家族・地域の身体的・精神的反応を,診断指標に基づき診断するもののようです。またそのカバーする領域は広く,歩行障害やADL障害,廃用性症候群を含んでいます。看護業界で専門性が声高に叫ばれるようになってからは既に多くの年月が経ち,多くの点で見習う点が多いように思います。 その一方で,歩行障害やADL障害等の運動機能障害においては,理学療法士がその専門性を発揮して,より確かな診断指標を構築していく必要があるのではないでしょうか。


基準値や標準値って何?

たとえば体の調子が悪くなった時に,病院で血液検査をしたとします.医師は血液検査の結果と,健常な方数千名から集積された基準値を比較し,その他の検査結果,既往歴,家族歴,経過,その疾病の発生頻度等を総合的に判断して,疾病の有無や程度を診断します.しかし,運動機能における基準値といったものは,小学生や中学生の体力テストで行われるような50m走や反復横跳び,そして筋力・関節可動域等の一部を除いて,確立されているものは,まだごく僅かです.またリハビリテーションでは,既に疾病や障害を持った方が対象となるため,健常人のデータを基にして構築された基準値だけではなく,障がい者のデータを基にして構築された標準値も重要な意味を持ちます.なぜなら,脳卒中等の中枢神経系の疾病や,内部疾患等により障害を持った方がリハビリテーションの短期・長期ゴールを定める場合,健常人を基に構築された基準値が参考にならない場合も少なくないからです.つまり疾病の種類や障害の程度に応じて,適切に運動機能のゴールを判断する上では,障がい者を基に構築された標準値がより有用です.そして将来の転倒や再発症,障害の改善や悪化などのイベント発生を予測する検査特性の高い検査のカットオフ値を疾病別,障害別に用意し,検査時点の判断だけでなく,リハビリテーションにとってはより重要である障害予後予測を補助していくことも重要です.

 

つまり,ミクロなレベルの身体機能(たとえば筋や神経など)から,マクロなレベル(歩行やADLなど)までの運動機能における,大規模な健常人や障がい者データを集積し,その95%信頼区間(定性的データの場合は2.5~97.5パーセンタイル)をもって,身体・運動機能の基準値,および身体・運動機能障害の標準値とすることができます.

 

注意しなければいけないことは,これらの値を盲信することによって,ある数値以上は障害有(または無し)と断定してしまってはいけない,とういことです.基準値や標準値はあくまでも参考値であり,基準範囲に収まっているからと言って障害が無いと言い切れるものではありません.したがって,基準値や標準値を参考資料の一つとしてとらえて,これまでの臨床経験や障害を持つ方の訴えを加味して,総合的に臨床推論を行っていくことが重要です.


理学療法診断と理学療法評価の違いは?

理学療法診断は,理学療法評価に欠けていた理学療法の必要性の判断と,障害の有無や程度の同定を包含します.理学療法士がこれまで医師の処方に応じて行ってきた評価は,初めから理学療法ありき,のものであり,理学療法の必要性や効果については,全く検討しない性質のものです.つまり,患者のデマンドやニーズに基づいてゴール設定を行ったうえで,ICIDHやICFに基づいてゴール達成における問題点などを挙げ,統合解釈によって治療プログラムを立案する過程を評価と呼んでいます.

 

しかし,ここでは理学療法がそもそも必要なのか,という視点は欠落しています.またたとえ必要であったとしても,どのような理学療法がゴールを達成するうえでもっとも妥当であるかの判断については,個々の療法士の力量に任されており,判断のもとになる体系はありません.しかしそれでは,必要か必要でないのか良くわからない理学療法を漫然と施行する旧態依然としたやり方を今後も続けていくことになり,社会に対する説明責任を果たしているとは言えません.また判断のもととなる体系をまず作らなければ,その判断が正しいかどうかを検証し,改良を重ねることも不可能です.

 

理学療法診断では,様々な要因によって生じた“運動機能における障害”を同定し(運動機能障害診断),その関連因子や予後を判断して適切な介入法を選択する(理学療法適用診断)プロセスです。したがって理学療法診断学のベースには,運動機能障害診断学が必須であり,そこではミクロなレベルの運動(たとえば筋や神経など)からマクロなレベル(歩行やADLなど)までの運動機能の正常値や異常値のデータベースを構築していくことによって,運動機能障害診断に基づく理学療法(Diagnosis based Physical Therapy)を展開していくことを狙いとしています.

 

診断と言うからには,障害を持つ方の異常な有無やその程度を把握することが必須です.医師が病理学的な異常を把握するのと同様に,理学療法士は運動機能障害の有無や程度を把握する職責があるのではないでしょうか.つまり診断学と評価学の違いは,患者の異常な状態を把握し,理学療法の必要性を判断する上での客観性に違いであり,理学療法診断学は,評価学とまったく異なる体系と言うよりも,その延長線上にあるものととらえることができます.


研究をやったことがないけど多施設共同研究に参加できる?

できます.

 

多施設共同研究で用いる評価表や筋力計は,教室で準備しています.また事前にこちらから貴施設へお伺いして説明を行い,各施設の規模や体力に応じて,計測項目や計測人数の調整を行います.ひと月で数例の計測でも問題ありません.

 

通常の臨床業務に加えて,データ収集のための時間を割くことになるため不安に思われるかもしれません.特に整形外科系のクリニックに勤務する理学療法士の方は,理学療法診断学構築に興味はあるけれども,データ収集は忙しくて不可能,という状況を見聞きします.しかし,たとえば普段計測しているROMやTUGのみの協力でも,その協力を全国規模で横につなげることによって,ROMやTUGの標準値が構築可能になります. また特定の障害に対するある治療法のCPR(Clinical Prediction Rule)を構築したいと考えている場合は,本教室が窓口となって,他のクリニックとの共同研究を実現させることもできるかもしれません.一定数のデータが集まったのちは,分析や論文執筆の助言を行います.

 

多施設共同研究は,一人一人が情報の発信源です.


多施設共同研究でクリティカルパスの違いは問題にならない?

パスの違いは考慮する必要があります.

 

現在,本教室ではTKA術後の運動機能障害における標準値の作成のため多施設共同研究を行っていますが,各施設のクリティカルパスに違いが認められます.たとえば,術後の離床日や歩行練習開始日などのマイルストーンの違いは,術後の運動機能障害標準値に影響を与える可能性を否定できません.したがって,運動機能の標準値を作成する上では,パスの違いによってデータに違いが認められるかどうかを検討するだけでなく,層別化分析(パスごとにデータを分けて分析を行う)を行う必要もあると考えています.


多施設間で治療法の標準化は可能?

治療法の難易度に依存します.

 

まずここでいう標準化が何を意味するのかというと,Standardizedの意であり,異なる治療者間で統一された,とか,規定された,という意味です.実施する多施設共同プロジェクトにおいて,すべての施設の治療担当者がその規定に従って,どの患者にも同様の介入を実施していることが,標準化された治療法,という意味です.介入内容を標準化すると いうことは,治療法の定義にとどまらず,セッション数,頻度,症状が改善(悪化)した場合の対応法,終了目安などを決めておくということです.これらをあらかじめ決めておくことで,同一研究内での複数 の治療者間でも介入内容を統一でき,第三者による追試研究の際にも,介入内容を統一 できます.

 

ただし,高い技術レベルを要する介入法の場合は,いくら介入内容を標準化していても,実際に行われる介入にはばらつきを生じ,結果に影響を及ぼす可能性が高くなります(介入者バイアス).徒手療法のような一定の技術レベルを要する介入において抽出されたCPR*注の交差妥当性を他施設で証明することも,やはり容易ではありません(Hancock,2008).その理由は,専門的な治療になればなるほど,文字に書かれた情報以外の,様々な非言語的情報から治療者は治療手段を判断・変更しているからであり, またそうしなければ,望ましい結果は残せないからとも言えます.簡単な一例をあげると,ピアノの楽譜と演奏技術が挙げられ,楽譜によって一 定のレベルの演奏が可能になりますが,それ以上の高いレベルの演奏となると,あらゆる非言語的情報から, 演奏者が論理的・非論理的に選択した技術によって,到達可能となることが指摘されています.

 

したがって,多施設間で治療法を標準化する上では,大多数の治療者が行える標準化しやすい治療をまずはターゲットにするべきであり,その治療によって効果の得られにくい群を把握するためのCPRを構築することで,該当者が専門性の高い治療を受けることのできる仕組みを作ることが,まず優先されるべきでしょう.現在当教室が実施しているTKAプロジェクトも,クリティカルパスから外れる可能性の高いバリアンスケースを術前より拾い上げ,より適切な医学的処置やリハビリテーションを受けることで,バリアンス発生のリスクを回避する仕組みを作れれば,と考えています.

 

*注Clinical Prediction Rule,臨床予測式:予測能の高い変数の組み合わせによって,疾病の有無や治療効果を予測するモデルであり,医学分野や理学療法分野以外でも提案されるようになってきている.