TKA/UKA study


変形性膝関節症(膝OA)に対する人工膝関節置換術は、年間8万件以上施行されている。先行研究では、膝OAに対する人工膝関節置換術後の理学療法の重要性や術前の因子が術後の運動機能の予測因子として重要な影響を与えることが指摘されている。しかしながら,先行研究の限界として、予測因子である身体機能検査や運動機能検査の標準値設定がされていないため、それらの検査値の持つ意味については不明であることが挙げられる。理学療法検査における標準値を設定するためには、大規模調査による多くの症例数の集積が必要であり、様々な要因によって層別化された信頼のできるデータを提示していくことが根拠に基づいた理学療法(evidence-based physical therapy:EBPT)の推進に繋がると考える。

我々の研究グループ(physical therapy diagnostics group: PTDG)では、根拠に基づいた理学療法を実践するための一手法として、「理学療法診断」を推進している。日々の臨床活動において適切な臨床判断を行うためには、客観的指標を活用する必要がある。理学療法士の臨床判断の客観性を高めることができれば、対象者の病態や理学療法の効果判定に関する内容を分かりやすく説明することが可能になると考える。

以上のことから、PTDGでは理学療法士の臨床判断に役立つ指標を抽出する目的で、2013年7月から2018年12月までの間、手術療法の適用となった変形性膝関節症患者を対象に多施設共同研究を実施した。多施設共同研究では、多くの症例データを蓄積することによって、層別化した客観的指標を抽出することを目標とした。その結果、1,103例(人工膝関節全置換術:797例、人工膝関節単顆置換術:306例)のデータを収集することができ、理学療法評価の標準値の作成と臨床予測式(clinical prediction rule:CPR)の抽出を目指している。我々の多施設共同研究において抽出している指標は、理学療法士の臨床判断に活用できる可能性があるためEBPTの実践に繋がると考える。

RECK study

(Research on conservative treatment for knee osteoarthritis)


変形性膝関節症(膝OA)に対する治療は、運動療法や装具療法などの保存療法が第一選択となる。一方で、膝OAは経年的に病期が進行する退行変性疾患であるため、保存療法を継続しても症状が好転しない症例に対しては、手術療法が考慮される。したがって、保存療法開始時に機能予後が不良になる可能性が高い症例を判別することができれば、多種多様な臨床症状や障害像に応じた適切な理学療法プログラムを検討することが可能になると考える。具体的には、臨床現場で頻繁に用いられている理学療法評価のうち、一定の判別能力を持つ互いに独立した検査を複数組み合わせた臨床予測式(Clinical Prediction Rule:CPR)を抽出し、尤度比や検査後確率を高めるという方法である。本研究の目的は、保存療法の適用となった膝OA患者の機能予後を判別するCPRを抽出することである。

研究デザインは前向きコホート研究で、ベースライン調査と追跡調査(ベースライン調査から1・3・5カ月後)を実施する(表1)。研究期間は、2018年8月1日~2021年7月31日とする。ただし、研究期間内に目標症例数に達した場合は、その時点で被験者の登録を終了する。対象は、協力施設において膝OAと診断され、書面にて同意が得られた外来患者である。除外基準は、膝関節手術の既往がある者、膝関節以外の関節機能障害が著明な者、運動麻痺などの神経学的所見が認められる者、認知機能障害・精神機能障害を有する者とする。

 

1:調査・測定項目

 

アウトカム

日常生活関連動作評価尺度(SR-FAI

変形性膝関節症患者機能評価尺度(JKOM

個人因子

性別・年齢・BMI・家族構成・職業の有無・運動歴・K-L分類・障害側・膝関節外傷歴・タイプ(内側型・外側型)・通院頻度・診断日・保存療法開始日・併存疾患・自己効力感・薬の有無・

装具療法の有無・関節内注射の有無・電気刺激療法の有無・

民間療法(鍼灸・柔道整復術・整体・ヨガなど)の有無と頻度・患者の自己評価(GROC

身体機能

膝伸展筋力・膝屈曲筋力・膝伸展ROM・膝屈曲ROM・疼痛

運動機能

5回立ち座りテスト・5m歩行テスト

Ship study

(seamless hip study)


わが国の高齢化に伴い、変形性股関節症(股OA)患者は増加の一途にある。その数は、日本整形外科学会の統計によると510万人と推計され、人工股関節全置換術(THA)を受ける患者数はこの10年で約1.7倍に増加したとされる。股OAは関節組織の破壊に伴った激しい痛みを主症状として、歩行能力の低下から社会参加の制約をきたす。そのため、大部分の患者が痛みの除去を目的にTHAを施行し、ほとんどの患者が杖歩行以上の機能回復に至ることが示されている。しかしながら、THA術後患者の15%は生活の質(QOL)の回復が得られず、社会参加制約が残存したままだとされる。また、術後の歩行能力の回復が不十分でTHA後に転倒を経験する者の割合は38%とされ、そのうちの5.2%が骨折を経験するとも言われ、その後のケアのために社会保障費を支出している実態がある。このため、THA患者が安定した身体機能を回復させるより効果的な理学療法プログラムを構築する必要がある。

THA術後の効果的な理学療法プログラムの構築に関して、股OAの症状に対する術前からの介入の重要性が問われている。先行研究では、股OA患者に対する股関節への筋力増強運動や関節可動域運動がTHA後の歩行能力の向上に関与することが明らかにされている。しかし、THA術後は理学療法プログラムに関するエビデンスが未整備であるため、術前からの十分な介入には限界がある。これをTHA患者の回復遅延や転倒に伴う骨折の大きなファクターとして捉えている。

そこで本研究では、THA後患者の歩行能力とQOLに着目し、優先して介入すべき身体障害を術前の要因から明らかにしたい。さらに、治療介入時の具体的な目標値を設定することで、エビデンスに基づいた術前後のシームレスな理学療法プログラムの構築を目指す。研究期間は2020年(令和2年)7月~2024年(令和5年)3月とする。