これまで研究計画立案,データ取り,分析を行ってきた.残るは分析した結果をどう解釈するかである.
解釈の仕方
研究論文や学会発表では,「考察」というセクションにおいて観察結果に解釈を加える.しかしそこにも客観性が保たれなければならず,主観的な解釈だけでは読み手はうんざりするだけである.はじめにおこなう作業は,研究目的で述べた研究仮説を,観察結果をもとに肯定あるいは否定することである.たとえば,「本研究結果より,足指屈筋強化,および足関節のストレッチングは若年健常人の片足バランス能力には影響を与えない」というように,研究目的で述べた仮説に対する‘答え’を提示する.
次にそのような結果が出た要因を,参考文献を引用しながら解説する.上記の例で言えば,「平衡機能は,筋力や柔軟性だけでなく,感覚入力,すなわち圧覚や関節覚などの深部感覚,平衡感覚,視覚などの機能にも影響される(Yokoyama,2004).また同種の介入を健常人に対して行った結果,足関節の柔軟性や足指筋力に有意な変化が認められなかったことが過去に報告されている(河村,1999).これらのことから,本研究で行った介入は健常人の足指の筋力,および足関節の柔軟性に対する影響力が低く,また平衡機能は感覚機能にも大きな影響を受けているため,このような結果になったと考えられる」のような説明をおこなう.参考になる研究論文が無い場合,生物学的,生理学的,解剖学的な見地から説明を試みても良い.しかしそのような場合は往々にしてこじつけになってしまうことが多く,読者もそのような眼で見るため注意が必要である.
次に,同様の研究を行っている過去の研究結果を提示し,これまでに述べた研究目的に対する答えを‘補強’する.たとえば「中嶋ら(2001)は,健常人15名に対して足指屈筋筋力強化を10日間行った前後の重心動揺を計測した結果,有意な差が認められなかったことを報告している.また健常人に対する足底腱膜ストレッチの効果を独自の平衡機能検査によって検討した研究が報告されている(Sato et al, 2002).それによると,ストレッチ後に有意な改善が認められたものの,コントロール群との差は認められなかったことから,学習効果以上の効果は得られない,と結論付けている(Sato et al, 2002).」
同時にここでは自分の研究結果をサポートする論文だけでなく,反対の論文も含めて提示すると,著者の客観的な姿勢を示すことができる.たとえば「一方,元田らは40代の健常人に対して足指のトレーニングを週3回2ヶ月間行わせコントロール群と比較したところ,コントロール群では変化が認められなかったものの介入群では有意な改善が認められた,と報告している(元田,2008).しかし元田の研究対象は40代の健常人であり,本研究の対象とは年代が異なるため直接比較するのは適切ではないだろう.」.研究結果を読み手が公平にジャッジできるよう十分な情報を提供することによって,独りよがりな研究論文になってしまうことを防ぐことが肝心である.研究初学者はどうしても自分の研究結果をもって自説を主張したがるものだが,一歩引いて自分の研究を他の研究と同列に並べて観察できるくらいの冷静さが出てくると,長い眼で見たときに良い研究ができるようになるだろう.
次に記述すべきことは,ここまでの講義で述べてきたバイアス・信頼性・妥当性の問題等の研究の限界(Limitations of the study)に関することである.すなわち,観察結果をどこまで一般化できるのか,あるいはその観察結果の解釈をするにあたってどのようなところに注意しておかなければいけないのかを,これらの限界をもとに説明することである.研究は,ある限定された条件における事象と事象との関係性を記述する作業である.限定された条件のもとで観察された結果であるがゆえに,一般化するには注意が必要である.研究の限界の記述例として「本研究では,対象者に対する介入の質の妥当性に問題があった可能性がある.すなわち,自宅でのトレーニングを参加者が行えていたかどうかのチェックがおろそかになっていたことが,本研究結果につながった可能性がある.」「本研究では被験者の数が各群あたり5名しか確保できなかったため,偶然誤差の影響を大きく受けた可能性は否めない」,「本研究で使用した平衡機能測定法は若年健常人においても難易度が高く,結果として介入による効果を計測するための反応性に問題があった可能性がある」などが考えられる.
最後に,研究結果から臨床現場に示唆できることや,次の新たなる研究テーマを示す.その研究から生み出された示唆に富んだ知見や新たなる課題を読者に提示することによって,その研究がそこで完結する類のものではなく,次につなげて行く橋渡し的な役割をもつものであることを示す.科学は限定された条件の中で得られた知見の数々をつなぎ合わせることによって,一般論を導いていく.したがって,その研究だけで完結することはないと言っても過言ではない.ここでは「本研究結果から,今後はトレーニング日誌を利用して被験者の自宅でのトレーニングを管理する必要があろう.また平衡機能の測定には,僅かな介入効果でも感知することが可能な重心動揺計などを用いて検討する必要がある.」
【結語】のまとめかた
ここでは,はじめに研究目的を手短に述べ,次にそれに対する研究結果と結論を述べる.研究背景,目的,方法,結果,考察などをサマライズする【要約】とは機能が異なることに留意する.また,考察で著者の考えを述べるのは構わないが,その考えや類推をもとに結論を導くことは論理の飛躍である.なぜなら,類推は観察された事実ではなく,根拠としては成立しないからである.あくまでもこのセクションでは,観察された研究結果にもとづき,過去の研究結果や制約事項を加味して,結論を導く.
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